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始まる前に大篝や大松明を据え、鉾を飾っている
七仲間の宿の飾席(かざりせき)を見て回りました。 お祭りちょうちん・大松明・かがり火・剣鉾
が家々の飾り物の定番
各仲間がここから出発します
大:大人が 中:中高生 小:小学生が
小たいまつは、とっくりともいわれ、中には3歳ぐらいの小さな子供もいっぱしのかっこで担ぎます。
可愛らしい(勿論親が上で持ってます・・・) |
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約4メートル、直径最大で1m
重さ100キロの大松明
大人2・3人で担ぎます |

鞍馬太鼓は、神事を進める間 鳴らされる。
剣鉾もチャリン-チャリ-ンと鳴らして進む |
昼過ぎになると、かがり火に
松や榊が立てられます。
でも準備もゆったりと進み、
「お祭り」が楽しいと思ってられる
気持ちが良く出て。
里中が、うきうき・ほのぼの |
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現在のかがり火
鉄板に濡れ筵などが敷いてある |
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神楽松明 最大・最も美しい形をしています。
鞍馬の里が4つに分かれていた名残で4本作ります
お祭りの準備は、山に入ってつつじの柴を刈る5月から始まります。山中に置いておき
しっかり枯らした柴を9月に持ち帰り、10月に
入ると藤蔓で巻き上げて作ります。
この数は百数十本になると言います。 |
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大かがり火は
昔、地道だった時の名残り。
この大きい篝火を、各家の前と、
道の何箇所にも焚いたそうです。 |
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鞍馬の里に七仲間(なななかま)と言われる住民組織があり、昔ながらの規律を保ち、儀式・祭祀を進めます。
世襲制になっていて、6月の竹伐り会式も、七組織の内の大惣仲間の法師仲間が行うそうです。
大松明を担ぐ男性の正装は大層いなせ!
遠くから見ると肩に刺青かと思うような綺麗な模様の「船頭篭手」が腕と肩を包み
・向う鉢巻・黒の締め込み・下がり(相撲のと違って白色)・その上には白の分厚い肩当てを斜めがけに、肩を覆っています。
子供も大人も全員・黒繻すの襟をかけた「友禅の着物」を羽織っています。(ガウンのように)男性も朱や青の派手な友禅着物です |
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『準備も大方出来たなぁ、ちょっと一服しよか・・』
お休み中の皆さんに、いろいろおはなしを聞いた。
【家以外で、そこらに有る燃えるもんはなんでも、今晩燃やしてしまうんやで!』
ええぇっ、面白いおじさんたちでした・・・ |
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昔から伝わるひな形の松明を
わざわざお家から持ってきて見せて下さった |
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実際に行列時に着用されます。 |
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急劇に降り過ぎないよう
この綱でお神輿を上から引っ張ります、
女性達の縄方の役。 |
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ご自慢の屏風の前に、このお家の子供さん。屏風にかけてあるのは、今宵の晴れ衣装
友禅の着物が掛けてありました |
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夕方6時、白装束の若者の「神事触れ」が始まりの合図
『サイレヤ・サイリョウ サイレヤ・サイリョウ』と男も女も青年も子供も繰り出す・・
と言うイナセ・粋な惚れ惚れするものです。威勢良く、力強い松明が行く様はお祭りをこの上なく盛り上げます。
「なんとも面白いお祭りですねぇ」といいますと、
『見たはる人がそれだけ面白いのやったら、やってるほうはもっと面白いでっせ』 と言うお話でした。
鞍馬の火祭りの特徴は、女性が排除されていない事!これは特筆。
女性の一団が綱方と名づけられ、お神輿を引き回します。松明を担ぐのも女性が多く見られます。
よくある公式行事に女はだめというところが有りません。一緒に見物していた年配の地元のは
『私が物心ついた時は、もうこういう形でした』といっておられたので、昔から男女共に裏も表もなく役を担っていたと思われます。 |
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| お招きを受けた御家の2階は山門のまん前。お祭の神事は、殆ど目の前で行われました。最高の見物スポット、(こんな感じの眺め目)贅沢な一日でした! |
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松明同士で上の町下の町が挨拶を交わし、
諸礼が行われる。
剣鉾もチャリンチャリンとこのときと鳴らす |
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| 小さい子供のとっくり松明を皮切りに、大小の松明が街道筋を往来します。 |
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肩を包んでいても
容赦なく火の粉も燃えかけらも
振ってきて
中にはひしゃくの水で髪の火を
消してもらっていました(凄すぎる) |
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松明がひしめき、大きく燃え上がり
火 又 火 又 火 空を燃やし尽くす勢い。
一丁くらい離れているところまで顔を火照らす強い火勢、最高潮!
消防士がホースの水で対決するかに調節する
火ですが火の勢いが勝ります
ホースの水が、たまに見物にまで掛かり、又大騒ぎ・・ |
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火が大きくなる度、
担ぎ手や見物からどよめきが起こり、
鞍馬の里は熱い熱い空間に
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注連縄きりの後、松明は石段下に殺到、一箇所に集めて焼き捨てられます。上からj女性達の「縄方」が急すぎないよう引っ張るお神輿が参道を担ぎ下ろされ渡御に移ります。
「チョッペンの儀」と呼ばれる神輿の先、担い棒に大の字にぶら下がる儀式も行われます(成人式の名残だそう) |
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この後、お旅所に舞台は移り、4本の神楽松明が燃やされお神輿が安置されようやく一段落 夜もすっかり更け2時ごろに・・・
鞍馬から帰るには叡山電車のみ、15分おきに次々と大増発の電車で出町まで帰ったのが12時をかなり過ぎた頃でした。
気がつくと、羽織の肩に灰が一杯降りかかっていました、おお。
鞍馬の里に、お祭りに有り勝ちな夜店などは一切出ていなかった。
本当に里の人だけで 一から十まで手造りしておられ、地元の神さん祭りと言う事を最大限に大事に継承されているのがひしひし伝わりました。
又ご招待してくださったおうちも一切お礼を受け取られず、まったく昔ながらの「お祭りのおよばれ」状態。
『鞍馬の人は、みんな このお祭りで1年の稼ぎを散在しつくして 貧乏やで』といっておられました。
神事を大切にする気概と、目一杯お祭りを楽しむ粋さが気持ちの良い日本のお祭りの一番良い形をいまだに大切に守っていはる気持ちよさを満喫して満たされた帰途でした。 あー、面白かった。 皆さんもぜひ一度はこのお祭りにお出かけなさいませ |
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